第1話 yuki様著


「木漏れ日の捕まえ方、知ってる?」
 木々がざわめく夏の森。
 白いワンピースを着た少女は年下の僕に視線の高さを合わせて体全体で微笑んだ。
 こうやってね、と言ってちょっとおどけた仕草でおとがいを持ち上げ、左手を目の上に添えて、指と指の間からみどりの天井を覗き込むようにして――

「明宏にぃちゃん、何やってんの?」
 指の隙間から見えていた縁側の古びた天井は、クリーム色のタンクトップにその姿を遮られた。にへら〜、と寝っ転がっている俺に笑顔を降らすのは、今年四年生になる従弟の邦彦だ。
「おまえさ」俺はゆっくりと起き上がる。「木漏れ日の捕まえ方って知ってる?」
「なにそれ、捕まえられるもんなの?」
 デニムの短パンからドロップ缶を取り出すと、食べる? とこっちに差し出した。
「昔さ、そう言ったヤツがいたんだよ」
「にぃちゃんの彼女?」
「俺がお前くらいの年だったころの話だよ」
 一個貰う。赤い粒だった。
「あー、それ、ワンピースの女の人」
「何で知ってる?」
 邦彦は怯えた眼差しで見上げた。俺が詰問するような声をあげてしまったからだろう。だがすぐまた元通りの笑顔に戻ると、
「えへへ、にぃちゃん、その女の人に恋しちゃったんだ」
「ばーか。中学生になるかならないかって、そんな年の子だったよ」
「ば、ばかはひどいな……」
 モゴモゴと不機嫌そうに目をそらす。コイツは体育以外からきしだから、きっと叔父さんにそう言われ続けてトラウマになってるんだろう。難しい年頃だ。
 大きくなったら勉強なんてどうでも良くなるんだけどな――大きくなったら、か。
「お前が知ってるその女の人、いくつくらいだって?」
「んー、やっぱり中学生くらいかなぁ」邦彦はざらざらとドロップを3つか4つ口に放り込む。さっきモゴモゴしたのもドロップ含んでたからか?「僕たちよりは年上って感じだけど、先生の話だと『女の子』だった」
「ワンピースを着た変なお姉さんがうろついてるから気をつけなさいって?」
「そうそう。よくわかるねー」
 口裂け女みたいなもの、か。
「じゃ、お兄ちゃんはちょっとそいつを捕まえに行ってくるよ」
「おぉー、にぃちゃんかっこいい」2,3度、お義理っぽい拍手をすると邦彦は急に俺に抱きついてきた。
「ねぇー、僕も行っていいでしょ−」
「危ないだろ」
「お兄ちゃんが守ってくれるんじゃないの?」拗ねたような、変に甘ったるい声を出してきやがった。
「僕を捨てて、別の女の子のところに行っちゃうの?」
 すりすりー、頬を脇腹にこすりつけて来る。ごろにゃーご。
 これはこれで可愛いと言えなくもない、のではあるが。
「よだれを服につけるな! 連れて行くから」
 こうして俺と、この小さいのとで、白いワンピースの少女を捜しに行くことになった。
 おっと、ドロップも食べておかないとな。ずっと握ってたからちょっとベタつくけど。

 

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