第2話 クロトン様著


「で、にぃちゃん、どこから探すの?」
「森だよ」
 手をつないで隣を歩く邦彦からの問いを、一言で答える。
「森って、にぃちゃんがワンピースの女の人と会ったとこ?」
「ああ、一通り女の人を見たっていう人の話を聞きまわったらな、森の中か、森の付近で見たという証言が大半だったんだ」
「おおー、にぃちゃんすごい」
 てくてくと歩道を歩いていく。すれ違うおじさんやおばさんに挨拶を交わし、もらった桃をかじっていると、だんだん周りに見える家が少なくなっていく。
「わあ、僕森に入るの初めてだよ。女の人の噂もあって、大人の人に行くなってうるさいんだもんなー」
「手、離すなよ。迷ったら大変だからな」
「うんっ」

 森に足を踏み入れると、空気が一変する。ほんの数メートルしか進んでいないはずなのに、まるで別の場所に迷い込んでしまったかのように。
「……にぃちゃん」
 不安げに邦彦がつぶやき、手を握る力をぎゅっと強める。
「大丈夫。手、繋いでれば絶対迷わないからな」
「うん」
 普通の人にとってはなんてことのない森でも、初めて訪れる子供にとっては別世界だ。
 人も、家も、道も、普段あるものがないだけでこんなにも世界は変わる。
 あるのは土にしっかりと根をはり、我先にと空に大きく伸びる木々と、広がる葉。それと、陽の光が木々と葉の合間から降り注ぐ――。
「にぃちゃん?」
 俺は不意に足を止め、空を見上げる。無数の葉の合間から覗ける空がキラキラと光り、俺たちを照らす。
 少しだけ開いた左手を目の上に添え、視界を指で遮る。すると、限定された視界の中に、木漏れ日だけが差し込むように見える。
「わあ! にぃちゃん、すごーい!」
 邦彦から喜びの声があがる。どうやら、俺の真似をして空を見上げたようだ。
「木漏れ日の捕まえ方って、こういうことだったんだね!」
 無邪気に喜ぶ邦彦に、当時の自分が重なる。
 彼女から見た当時の『僕』も、こんな感じだったんだろうか?
「ふふ、元気な子ね。さっきまで怖がってたのが嘘みたい」
 突如耳に届く、懐かしい声。
 はっとして振り向くと、そこにはあの時と変わらない、白いワンピースを来た彼女が立っていた。
「素敵でしょ? 森ってね、ちょっとしたことでいろんな顔を見せてくれるの」
 彼女は柔らかい笑顔を浮かべ、ゆっくりと歩いてくる。
 一歩近づいてくるごとに、あの頃の思い出が蘇ってくる。親の言いつけを破って森に遊びにきて、彼女と遊んでいた日々を……。
 手を伸ばせば届くぐらいまで近づいてきた所で、彼女は足を止める。
 彼女は変わらない。立ったままでも合う視線の高さだけが、俺が成長したことを物語っていた。
 笑顔のままで立つ彼女に、俺は少しだけ迷った後、結局こう言った。
「……久しぶり」

 

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