第3話


 そのまま俺はしばらく彼女の顔を見つめていた。透けるように白い肌、わずかに色づいた頬、紅い唇……、そうだ、思い出した、あの頃も思ってたんだ。まだ幼ささえ残る顔立ちに、そこだけ大人びたような紅い唇が不釣合いだなあって。口紅を塗っているのでもなさそうなのに、不自然なほど紅く濡れた唇。
「なにをじっと見ているの?」
 笑うと同時に、紅い唇が左右に大きく伸びた。
「変わってないなって思って」
 呟くように返した。
「あなたは成長したわね」
 俺の身長が伸びたことを表すように、左手を下から上に動かした。指がきらきらと光っていた。
「ああ、これ」
 俺の視線に気付いて、彼女が自分の左手を見つめる。
「木漏れ日を捕まえすぎたの」
「木漏れ日を捕まえすぎたぁ?」
 突然、邦彦が素っ頓狂な声をあげた。ああ、すっかり忘れていた、こいつも一緒にいたんだっけ。
「それってまずいの?」
 続けて無邪気な口調で邦彦が質問する。
「そうね、まずいかも。このままだと私、木漏れ日に吸い込まれて同化してしまう」
「ど、どうか?」
 国語の成績がイマイチな邦彦が、うろたえて俺を見上げた。
「つまり、彼女も木漏れ日になっちゃうってことだよ」
 えらそうな兄貴口調で説明しながら、奇妙な感覚に包まれた。だって、捕まえすぎたから同化するって、なんなんだよ。
「助けに来てくれたのかしら」
 甘えた声音だった。助ける? どうやって? 内心動揺したが、『別に助けにきたわけじゃない』とも言いづらくて黙っていた。その沈黙を彼女は肯定と受け止めたようだった。
「そうよね、あんなに一緒に遊んだ仲だものね。あの頃のこと、ちゃんと覚えてる?」
 あらためて訊かれて気付いた。そういえば、細かくは覚えていない。彼女と森の中で一体なにをして遊んでいたのか。思い出せるのは煌く陽光と、不思議な彼女の存在だけだ。
 彼女は踊るようにターンしたかと思うと、俺たちに背を向けて、弾む足取りで歩いていった。その後姿が“ついてきて”と誘っているようで、俺は邦彦の手を握ったまま彼女の後に続いた。足元がふわふわしている。地面の感触が伝わってこない。夢じゃなくて、これは現実のはずなのに。
 頭の中に彼女の言葉が飛び込んできた。声にはなっていない、響きを感じた。
『さっき、赤いドロップを選んだでしょ? それは正解』

 

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