第4話 雪蛙様著



「? どういう意味だ?」
 おぼつかない足取りで彼女の後を追う。優雅にステップを踏む彼女の足取りは確かで道なき道を進んでいく。
「ほら、しっかりついてきてね」
 俺の質問には答えず満面の笑みを浮かべた彼女は迷いなく森の奥へ奥へと進んでいく。小柄な彼女よりも高い茂みや太い幹に姿を見失いそうになるが必死について行く。別についていく義理もないはずなのに、そうしなければならないと思う自分がいた。
 彼女は楽しそうに、時々こちらを伺いながら、たまにかくれんぼをするように姿を隠しながら歩いていく。彼女が捕まえてもまだ絶え間なく降り注ぐ木漏れ日が視界を明滅とさせる。
 彼女が話さなければこちらも話すことがない。だから今俺たちの間に会話はない。でもそれは全然不快でも気まずくもなく、そういえばいつも彼女の方から話し出してこちらは受け答えばかりしていたことをぼんやりと思い出した。尋ねたいことならいくらでも――本当は何をしているのかとか、どこの子なのかとか、どうして当時と変わらない姿でいるのかとか――ありそうなものなのに。
「ほら、もうすぐ着くよ。そろそろ思い出してくれたかな?」
 木々の向こうに空が見えた。森が終わる手前で彼女は口を開いた。どれくらい歩いたか、時間も距離感も曖昧だった。
「え?」
 彼女が立つその場所から眼下に紅い絨毯が敷き詰められていた。目を凝らせばそれは野イチゴの群生であり瑞々しく生ったそれらが緩やかな風に乗って鼻腔をくすぐった。
「あなたとよく食べ比べをした野イチゴだよ?」
 木漏れ日を捕まえてまわり疲れたらここで野イチゴを摘んで食べたことを思い出す。口の中で転がしていたドロップはもう溶けてなくなっていたがかすかに残った甘味があの頃の情景を運んでくる。
「あぁ、思い出したよ。そっかこんなに生っていたんだ」
 『僕』から俺になってもそこは広かった。一度全ての野イチゴを食べ尽くしてやろうなんて馬鹿なことをしたことを思い出し苦笑が浮かんだ。世界が広いだなんて知らなくて自分の足でどこまでも行けると思ってたそんな自分がおかしかった。
「ね? だから正解だって言ったでしょ? あなたを今ここに導いたのはあの赤いドロップなんだから」
「いやいや、案内してくれたのは……あんた、だろ?」
 ついと、彼女から目を逸らしてしまう。『あんた』なんて乱暴な、汚い言い方のような気がして彼女の方を真っ直ぐ見られなかった。昔のように無邪気に『お姉ちゃん』と呼ぶのは気恥ずかしすぎる。
「そんなことないよ。君がここを選んで私をここに連れてきてくれたの。私はなーんにもしてないよ」
 俺のそんな懊悩に気づいた風もなく彼女はニコニコと答えた。ここに連れてきてくれたのは彼女なのに不思議な物言いだった。
「えっと、ね? それはそれとして、私もうっかりしてたんだけど」
 口をへの字に曲げ困り顔で彼女が俺の後方に目をやった。釣られるように振り向いたがそこには生い茂った木々があるばかりだ。……そう、本当にそれだけしかなかった。
「君の、弟、くん? いないよ?」

 

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