第5話 くろG様著


「そうだな」
「あれ? おどろかないの?」
「ああ」
 俺の言葉に彼女は一瞬表情を消し、そしてとても困ったような寂しそうな顔をする。
「気づいて……たの?」
「邦彦のことなら気づいてはいなかったよ。ただ、あんたが……いや、俺がどうしてこの場所に来たのかって事だ」
 そんな返答に彼女はますます困った顔をする。いや、彼女が普通の人間じゃないというのは確かだ。ただ、それは今俺にとっては重要な事じゃなかった。邦彦のことも……もしかしたら迷子で半べそぐらいかいてるかも知れないが……重要じゃない。なぜならそれは彼女あるいは俺が望んだことだからだ。
「分かったのは着いた場所がここだったからだよ」
 彼女は俺と二人っきりになりたかったのだ。昔の俺達だけの思い出の場所で。いや、俺も心のどこかでそう望んでたろうと思う。
「昔はあんな険しい道なんか通らなかったからな」
「そっか、案外あなたって記憶力良いんだね」
 目の前の彼女は少し嬉しそうに笑う。あのころのままに。 
「残念ながらそのことに今気付いたよ」
 今、僕、の表情はどんなのだろう。笑えていればいいと思う。あのころのように。
「会いたかったよ」
 そう言いながら彼女の横を通り過ぎる。そういえば匂いと記憶は一番深く繋がっているなんて話があったな。いつの間にか野イチゴの匂いは焼け付くように僕を支配していた。
「私もずっと会いたかったよ」
 歩いて行くとほんの少しだけ野イチゴが無い場所があった。その代わりにあるのは………白い陶器の人形。遠いあの日に木漏れ日の捕まえ方を教えてくれた仕草のままで。
「指が欠けてるな」
「うん、木漏れ日にもってかれちゃった」
 その少し痛々しい小さな小さな手に触れてみる。
「きゃっ」
 彼女がかわいらしい声をあげる。
「もう、いきなり触れられるとびっくりするよ」
 振り返ると動いてる方の彼女が少し顔を赤くしていた。ああ、感覚は繋がってるのかなんて事を知る。この彼女に触れるのは今日が初めてだった。数年前最後にここに来た日に僕はこの人形を見つけそれからはここには来なかったのだから。
「ごめんごめん」
 軽い感じで謝る。でも本当は1度目のごめんは今のこと。2度目のごめんは過去のこと。
「それで助けて欲しい事ってこの指のこと?」
「あれ?本当に助けてくれるつもりだったの?」
 ちょっと意外そうに言う。きっと僕がまだ色々な事を過去にしまったままだと思っているんだろう。
「昔、なにかあったら『僕』が助けるって言っただろ」
「うん、そうだったね」
 『あの頃のこと、ちゃんと覚えてる?』彼女はさっきそう言った。そう、これが彼女の望んでいた答えだったのだ。
「でも私が助けて欲しい事ってこのことじゃないんだ」

 

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