「嘘、ホントに、の法則」

 


 

「嘘っ、ホントに!?」

 と反応してしまう時、大抵の場合、その事柄は真実だ。私はこれを『嘘、ホントに、の法則』と名付けた。

 

 同じ課の憧れのストウくんが綺麗な人と街で歩いているのを見かけて、大ショックを受けた。

「大恋愛中なんだってさ」

 と聞き、

「嘘っ、ホントに!?」

 と聞き返したけど、同僚が「うん」と頷いたので、傷心のあまり会社を辞める決心をした。でも課長から「辞め

られては困る」と言われたので、とりあえず有給休暇をとった。

 

 突然思い立ち、初めての登山に一人で出かけた。自然が心を慰めてくれると信じていたのに、雪が残る山道

には他の登山者も見当たらず、思いがけない展開に「嘘っ、ホントに!?」とひとりごちた。どうやら遭難してしまっ

たようだ。

 日が暮れた山道を歩きながら、携帯電話を見ると圏外になっていた。小さな山小屋を見つけ入り込み、かじ

かむ指でメールを打った。送信は出来なくても、発見された時、これが私からの最期のメッセージになるかもし

れない。

『まさか△▼山の小さな小屋で、こんなメールを打つことになるなんて。仕事については、やり残したことがたく

さんあります。A社宛てに15000件のデータを作成してください、B社のクレーム処理を、C社へは研修を受けた

スタッフ100名の派遣を。研修は私の代わりに、どなたかお願いします。それから……』

 寒さと疲れで意識が遠のいてきて、頭に浮かんだストウくんをメールの宛先にした。もう一度、会いたい。

 

「見つけた! 無事ですか!」

 という大声で、目を覚ました。

「嘘っ、ホントに!?」

 と私は叫んだ。朝日を背に扉を開けて立っていたのはストウくんだった。「メールもらって、助けにきたんです」

 圏外だったはずなのに、何かの拍子に送信されたらしい。愛が生んだ奇跡だろうか。うずくまったまま動けず

にいる私に、ストウくんは走り寄ってきた。

「あなたが必要なんです!」

「嘘っ、ホントに!?」

 と言うと、ストウくんは私の冷えた手を握り締めた。「本当です!」

 心を爽やかな風が吹き抜けた。『嘘、ホントに、の法則』は完璧だ。ストウくんは続けた。

「あなたほど超人的に仕事をこなせる人はいない。絶対に会社を辞めないでください。仕事が全て僕にまわっ

てくるのはイヤなんです!」

「……嘘、ホントに?」

 お願い、もうなにも言わないで。


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